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最高裁判所第二小法廷 昭和30年(あ)1283号 決定

上告人 貞森公夫

木谷康二

木村一夫

主文

本件各上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人貞森公夫の負担とする。

理由

被告人貞森公夫の弁護人中村武の上告趣意第一点は単なる法令違反(児童福祉法三四条一項七号にいう「児童を引き渡す行為」は児童の意思に反すると否と、又犯人が職業としてこれを行うと否とを問わず成立するものと解すべきである)同第二点は量刑不当、被告人木谷康二の弁護人伊藤仁の上告趣意第一点は事実誤認、同第二点は量刑不当、被告人木村一夫の弁護人小林右太郎の上告趣意は量刑不当の各主張であつて、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて同四一四条、三八六条一項三号、一八一条(被告人貞森公夫につき)により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克)

被告人 貞森公夫

弁護人中村武の上告趣意

右児童福祉法違反被告事件につき弁護人より左の通り上告趣意書を提出する。

被告人貞森公夫に対する右被告事件において曩に広島家庭裁判所は昭和二十九年十月十二日被告人無罪の判決を言渡したが、右判決にたいし検察官よりの控訴申立の結果、広島高等裁判所は昭和三十年三月五日被告人貞森公夫を懲役三月に処する旨の有罪判決を為した。

然しながら右判決は左記の如き違法のものであり破毀を免れない、即ち上告論旨

第一点 原判決は重要な法令の解釈を誤つているものである。

原判決は被告人の所為は児童福祉法第三四条七号に該るものとし、即ち被告人は○岡○子、○本○ツ○を木谷康二方に於て同人が児童に淫行をさせる行為をなす虞あることを知り乍ら同人に接客婦として引渡したりとし被告人の刑責を問うたもののようである。

けれ共同法第三四条七号の所謂「他人の児童を引渡す行為」とは、児童の無知を利用しこれを誘惑し、あるいは暴力をもつて誘拐するが如き悪行為を所罰する法意であつて、児童本人から進んで右のような淫行をさせる者に就業せんとする者ある場合その要望により非職業的に単にその業者を指示媒介し、あるいはかかる営業者方に家内連行したればとて、これを処罰する法意でないことは論をまたない。

蓋し法が児童を誘惑または誘拐しその意思に反し淫行をさせることは、児童の健康、生育、あるいは性状を害い本人の生涯運命を誤らしめる虞あるものと考え、これを禁止抑制禁止したものである。既にかかる淫行の性行を有しその慣習に染り或は自ら進んでかかる職業につかんとする者を阻止することは、法の刑罰力をもつてしては不可能である。よろしく他の適当な社会施設の力によるべきである。従つてかかる不心得者を説得善導するは好ましいが、これを説得善導することなく単にその申出希望に基き右のような場所に案内仲介したればとて、直ちに法がこれを処罰する理由はない。

児童の自由意思で淫行々為をしたればとてこれ福祉法の干渉しない所であり、従つてこれを非職業的に偶々児童の希望により案内仲介するが如き行為をしたとしても同法の関知しない所である。

本件において被告が偶々自分の馴染のパンパン娘鬼木照子方において遊興中前示○岡○子等と知合い「おつちやん何処か働くパンパン屋を世話してくれ」と同人等並に鬼木から頼まれたため木谷方に右両名を案内連行したものであることは記録上明白である。従つて被告人の前示行為は右法条に触れるものと解するを得ない。

然るに原判決は右法意を誤解し被告人にたいし同法条による刑事上の責任を認めたのは、法令の解釈に干する重要な事項を含むものであり、刑事訴訟法第四百六条第四百十条により破毀されねばならぬ。

第二点 原判決は刑の量定が甚だしく不当である。

被告人は職業的な仲介または誘拐業者ではなく、鮮魚販売業を営む正業者である所、偶々馴染のパンパン娘鬼木照子から「何処か連れて行つて」と頼まれ、また○岡○子等らかも「何処か働くパンパン屋を世話してくれ」と懇請されたので被告人は「法律や警察では十八才になつていない娘にパンパンさせてはいけない。また世話してもいけないとは云つているが、実際のところそんな子供でも平気でパンパンとし世話しているのだから」と考え魚屋の得意先たる木谷方に仲介案内したものである。その世話料二千円の如きものも寧ろ木谷から強いて与えられたものである。(記録二八二丁、二一二丁、三〇五丁等参照)

かように被告人の犯行情況は極めて軽微であり、他に正業を営む被告人としては再犯の惧もない。

児童に淫行をさせることを業とする本件共同被告人木村一夫に対して裁判所は執行猶予の恩典をしながら、犯情の極めて軽い被告人に対しては三月の懲役刑を科するのは彼此比較するときは何人も科刑重きに失するものと認めざるを得ないであろう。

尤も被告人貞森はその前科調書(記録三三三丁)の示すように、曩に広島簡易裁判所で火薬類取締法違反並に覚醒剤取締法違反の科により各罰金五千円又は罰金弍千円の判決言渡をうけた者ではあるが、本件とはその罪質も異るものであり、これあるが故に本件科刑を加重する実質的理由はない。

されば被告人に対しては罰金刑又は軽微な懲役刑とその執行猶予の恩典を与え被告人の更生を計るべきである。然るに事茲にいでず被告人に前示のような実刑を課することは刑の量定甚しく不当であり、原判決を破棄しなければ著しく社会正義に反する。

仍て茲に上告を申立てる次第である。

因に以上述べた事実関係については総て本件記録並に之に附属する写真図面等一切の書類に記載現出された事実を援用する。

被告人 木谷康二

弁護人伊藤仁の上告趣意

右の者に対する児童福祉法違反被告事件について申立てた上告の理由は左の通りである。

第一点 原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認がある。

一、第一審判示第一の(一)の事実については第一審判決は児童福祉法第三十四条第一項第六号を適用しているが被告人は児童が満十八才に満たない事を知つて淫行せしめたのでなく之を確認しないで淫行せしめたに過ぎない。

即ち○藤○智○は第一審第一回の公判廷に於いて紹介人である上川ユキエは被告人に対し満十八才と云つて居り、○智○自身被告人より住所を聞かれた際紙片に昭和十年六月五日生と記載している旨証言し尚働くには満十八才でなければ出来ないと思つたからと言及している。

右証人は検察官及び第一審第二回目の公廷に於いて右と反する供述をして居るがその供述内容は曖昧であつて自由なる心証は裁判官の専権であつても直ちに信じ得る供述記載でないと信ずる。

被告人は其の後○智○を他へ仕替へした事実はあるが少くとも本件第一審判示事実は過失に基くものと云はなければならないにもかかわらず之を認定しなかつた第一審判決を容認した原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があると云はなければならない。

二、第一審判示第一の(二)(三)の事実について被告人は○岡○子、○本○ツ○両名に対し本藉照会手続の終る迄淫行の差止めた事実がある。

即ち○本○ツ○は第一審公廷において「バンビで住所を調べる迄はお客を取るなと申されましたが私は借金があるので客を取りました」「バンビでは二、三日休めと申されました○子と二人に云われました」と証言しておるところにとより明らかである。

被告人は○子及び○ツ子の両名が来てより間もなく旅行に出ていたので右両名が任意客を取つた事は知る限りでない、特に右○ツ○は被告人方へ来る直前まで働いていた呉市博多屋に於て満十八才と述べて居り被告人方においても○子共々満十八才であると話した旨証言して居る。

然らば被告人は両女に対し淫行をなさしめた事実なく本件は無罪であるにも拘らず第一審判決同様之を有罪とした原判決には重大な事実の誤認がある。

第二点 右の理由相立たずとするも原判決は刑の量定が甚しく不当である。

被告人には前科二回あるも本件とは全く罪質を異にするのみか中学中退後海軍に志願し南方に従軍の事実もあり妻子ある者で再犯の虞はないにも拘らず第一審判決がその儘容認し被告人の控訴を棄却した原判決は刑の量定が甚しく不当である。

以上の理由により原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるので上告申立に及んだ次第である。

被告人 木村一夫

弁護人小林右太郎の上告趣意

原審は昭和三十年三月五日被告人に対し第一審において懲役六月の刑を三年間刑の執行猶予する旨の判決を破毀し被告人を懲役六月の実刑を以て処断し第一審検事の控訴の申立を容認した而してその理由として「本件記録を精査し本件犯行の回数、態様その他記録にあらはれた諸般の情状を考慮するときは被告人に対しては実刑を以て臨むのが相当である」と説示するに止まり判文誠に簡にして首肯するに足らない。即ち原判決は刑の量定において甚しく不当であつて之を破毀しなければ著しく正義に反するものと謂はざるを得ない。左に本件記録に基きその然る所以を説明せんとするものである。

(一) 本件公訴事実について。

(1) 被害者○藤○知○に関するもの。

(イ) 検事の木村一夫に対する第一回供述調書(昭和二十九年五月二十四日付)中同人の供述(第三〇九頁)として

「私は昨年九月五日頃呉市西畑町○藤○知○と云う女を私方に雇入れたが最初見たときは身体も小柄で胸や尻のふくらみから見て年足らずではないかと心配し連れて来た二上と云う未亡人クラブをやつている人に「この娘は大丈夫か」と云うと「この子は他所でやつて居たので大丈夫だ」と云い私は○知○に聞くとバンビ荘に居たと云うので生年月日も聞かなかつた同女の話振り等でマセタシツカリしたところがあるのでバンビ荘に居つたと云うからには年も仕事も間違いないと思い雇うことにした」旨

(ロ) 原審第一回公判調書(昭和二十九年六月十五日付)中被告人の供述(第九頁)として

「私は十一月十八日家庭の事情で家出し正月四日帰つた○藤○知○は十一月五日頃二上と云う人の世話でバンビ荘から来たのである私が家を出る時に家を妻にやる約束であつて特殊下宿業の名義は私になつているが実際は妻が経営していた○知○を雇入る時は年令は十分足つていると世話人が申し又前にも働いていたとのことでそれを信用した」旨

(ハ) 原告第五回公判調書(昭和二十九年八月二十四日付)中証人木村一夫の供述(第一二〇頁)として「私は○藤○知○を雇うたが私方に来る前にバンビ荘に居たが当時年令について世話人の二上から十八才以上と申していたがその後伏見(仲居)から○知○は年令が足らないかも知れないと云うていたが仲居の話では○知○は乱暴で口が荒く同僚と争いオ客に対して気が荒いから出した方がよいと申していた私は十一月二十日前後妻と別れ話がついたが私は財産もなく一切妻に与へて家を出た○知○は日常の態度では十八才以下には見えなかつた」旨

(ニ) 同上公判調書中岡田シモヨの供述(第一二四頁)として

「○藤○知○が被告人方に来る前にバンビ荘の経営者木谷康二から年令を聞くと十九才で大丈夫だと云うていた」旨

(ホ) 検事の○藤○知○に対する第一回供述調書(昭和二十九年三月八日付)中同人の供述(第二三五頁)として

「私は昭和二十七年呉市○○中学校卒業後家事の手伝をしたが面白くなく昨年七月初頃から女工や女中として働き昨年八月呉市の削氷屋の店員を為したが知合の呉市本通十三丁目のパンパン屋上川ユキと同人の知人栗原と云う男に騙され広島のバンビ荘(パンパン屋)に売られた」旨

の各記載があり

(2) 被害者○藤○子に関するもの。

(イ) 検事の木村一夫に対する供述調書(昭和二十九年六月三十日付)中同人の供述(第三一七頁)として

「私は本年四月九日知合の広島市舟入幸町小田アサ子の世話で○藤○子を雇入れた。それは生年月日、住所、氏名を書かすと広島市○○○町○藤○子昭和十年六月二十三日生と云うことが判り(第三一八頁)側にいる小田も十八才に満たないことはないと云うので雇うこととした私は当時戸河内町で部屋を借つて森福と云う屋号でパンパン屋を経営していたのでそのことを話したその女は以前舟入町で飮食店を兼てやつて所で働いたと云い売春の経験があると思つたその女は親が借金しているので二万円を貸してくれと云うので別に渡したところ四月末頃に○子の母親が来て金が届いていないから更に一万五千円を貸してくれと云うて来た際母親に娘の年令は昭和十年六月二十六日生れと云うことを確めたらその通りであると申していたその後毋親が来て昭和十五年生れだと申すので広島に出て市役所で調査すると昭和十五年六月二十六日生と云うことが判りその後は毋親と相談し雑役として働かした。私は○子の発育状態から見てかかる年少者とは予想しなかつた」旨

(ロ) 原審第一回公判調書(昭和二十九年八月三日付)中被告人の供述(第一〇頁)として

「私は世話人の言を信じ○藤○子の年令を満十八才と信じた」旨

(ハ) 同第二回公判調書(同月二十四日付)中証人○藤○子の供述(第四一頁)として

「私は家庭の事情で中学二年でやめ広島市○町のラムネ工場や○○佃煮工場で働いた、その時着物が慾しいのでよい所があれば世話して貰う様に頼んだ世話人は安達正利で旅館、食堂によいところがあると申したパンパン屋であることは知らずに○○郡○河○の花月で働いた花月に行つたのは四月九日か十日と思う電車に乗りタクシーに乗りかへて○河○町に行つた同行の小田と云う人が年令を聞いたので十七才と云うたが、それは飮食店等は十七、八才でなければ働けないと思い十七才と云つたところ小田は二十才と申すがよいと云はれたそれから○河○町で下車し森福旅館の内にある花月に行つた、木村一夫と小田とが話をし木村は私に年令を聞いたので二十才と申したがそれは嘘を申せと云はれたからである木村は皆の前で年令については不足はないかと聞き返したら小田は年令は絶対に足つていると申した、生年月日は昭和十年六月二十六と偽つた、私はパンパン屋で働き二万五千円を小田が受取り世話料として五千円欲しいと云うので小田に五千円を渡し残りの二万円は毋に渡してくれと云うて渡した」旨

(ニ) 同第二回公判調書中証人小田アサヨの供述(第五四頁)として

「私は山本豊から頼まれて○藤○子を世話した同人は生年月日をスラスラ申し又手や身体付を見て年令は足つたと思うた木村から受取つた二万五千円は内二万円は○子から私が受取つて山本豊に渡し五千円は御礼として私が受取つた」旨

(ホ) 検事の○藤○キ○(○藤○子の毋)に対する供述調書(昭和二十九年六月二十四日)中同人の供述(第一三頁以下)として

「○藤○子は昭和十五年六月二十六日生であるが私は主人と広島に出て主人は一時失対人夫を為しその後広島市役所の衞生係をして居たが昭和二十六年九月二十二日肝臟胃腸病で死亡した○子は昭和二十七年九月○○中学校を中途退学し○○佃工場の女工を働いたが自分のいるものを買つてくれと責めるので働けと云うとこのままでは着物も作れんから住込んでよい働いて自分の物を作り度いと云うので承知した、それで私の家の直ぐ裏の安藤正利の毋に頼むと正利が旅館と食堂をやつている家の女中として○子を世話すると云うので修業と思い私も本年二月頃から病気となり仕事も出来ず前借もできれば助かると思い正利がパンパン屋にやるとは考へずに正利に任した、その後○子の手紙では○○郡○河○町花月と云う処に働いていると申し来り年令は昭和十年六月二十六日生と嘘を云い前金として二万円を借り全部小山のおばさんに渡したと云うて来たので不思儀に思い四月二十日頃○河○町に行き○子に会い私も○子も騙されたと云い会つた」旨

各記載があつて以上各証拠を綜合して考へて見ると

(1) 被告人が公訴事実中○藤○知を抱うるに至つた事情は昭和二十八年十一月五日頃当初同女を見た際小柄で身体の発達の状況から或は年足らずではないかと疑い同女を連行せる未亡人クラブを経営せる二上某に年令を確めたところ同人は同女は他所(バンビ荘)でも働いた者で大丈夫と云い又同女の応待等「マセテ、シツカリ」したところがあり念のためバンビ荘経営者木谷康二に確めたるに十九才と云い年令には間違いないと信じて雇入れたるものである。即ち被告人は仲介者の言を信ずるの余り十八才に不足はないと軽信し戸藉土の調査を怠つた点についてはその責任を回避することはできない或は所謂未必の故意あるものとの認定を受くるもやむを得ないとしても被告人の犯情については大に参酌すべきものがある。

(2) 又被告人が公訴事実中○藤○子を抱うるに至つた事情は昭和二十九年四月九日小田アサ子が同女を同行し抱えて呉れと頼んだので事情を聞き住所、氏名、生年月日を書かしめた際年令は昭和十年六月二十三日生と記載し同行者小田アサ子も亦十八才未満ではないと云い当時被告人は○○郡○河○町において花月と云う名称にて特殊下宿業を経営し居たのでこのことを話したところ○藤○子は以前飯食店兼業の処にて働き居たと云うので同女を雇入れることとなつたものである即ち同女も亦被告人は仲介者の言を信じ満十八才以上と軽信したものであるがその後に至り同女の毋○藤○キ○から同女が昭和十五年生であると聞知し直ちに広島市役所に赴き調査したるに始めて昭和十五年六月二十六日なること判明しその後は同女を雑役として使用したが既に遅かつたものである当初被告人は同女の発育状態からしてかかる年少者たるものとは思はなかつたのである。

然しながら被告人は右○藤○子に対しても亦仲介者の言を信じたとは云へ逸早く戸籍上の調査を為し年令の確認をしなかつたことは前記○藤○知○同様その責任を回避することを得ず所謂未必の故意ありとの認定はやむをえないとしても是亦被告人の犯情上参酌せらるべきものと信ずる。

参考尚本項に関しては被告人が別紙当弁護人宛書信を添付致しますから御一読仰ぎ度い次第である。

(ニ) 被告人の本犯行に関する情状について。

被告人の本件犯行は前説示の如く仲介者の言を信じたる結果戸籍上の調査を怠りその年令を確認せざりし点についてはその責任を免ることを得ずして所謂未必の故意ありとして有罪の判決を受くることはやむを得ざりしとするも被告人としては法律の知識なく固より未必の故意の何ものたること即ちかかる事態が之に該当するものかは之を理解する由ない。本件において被告人としては被害者の言動、態度、身体の発育の状況、経歴その他四囲の環境において満十八才と信ずれば一応事足ると考うるは当然であると同時に此の種の業者は進んで戸籍上の調査を為さねばならぬことも亦当然である。

然しながら被告人としては前記各証拠に明白なるが如く各被害者を抱入る際その戸籍上に関する調査以外は年令に関し機会毎に之を質し其の他自己が満足する程度の調査を為している従つて被告人において所謂未必の故意あるものとして有罪の判決を受くるもその刑の量定においては法律上の知識なき被告人に対しては特に参酌を加うべきものと信ずる。

参考

広島家庭裁判所において此の種の犯行が被告人において同種前科なき場合に特に罰金若しくは体刑に付いては刑の執行猶予の恩典に浴する裁判例は決して尠くない。

尚又被告人が有罪の判決やむを得ずとするも

被告人には曽て前科なくその家庭は身から出た錆とは云へ妻と別れ幼児二人を擁している(前示検事の第一回供述調書)中被告人の供述(第三〇九頁)特殊下宿業に依つて僅に生活に営んで居るものであつて今若し被告人が実刑を科せられるならば被告人の家庭は更に一層の悲惨な運命に逢着することは必至である。第一審が此等の点を大に参酌せられ「被告人が前科なく当時家庭の破綻により生活の危機に立つて居た点についてその情状を参酌せられ特に刑の執行を猶予するの寛大なる裁判を賜はり被告人はその温情深き裁判に感泣し再び本件の如き犯行を繰り返すことなき様将来更生を誓つていたにも拘らず原審が唯本件犯行の回数、態様等本件記録に現はれた情状では実刑を以て臨むが相当であると断ぜられたるは折角第一審が人情の機微を穿ち花も実もある極めて立派な第一審判決を破棄せられたるが如きは被告人の断じて之に悦服せしめるところではない裁判は常に公正妥当であることに依て被告人をして悦服せしめるに非ざれば却て社会の正義を紊すものではあるまいか、我が刑事訴訟法第四百十一条第二号において裁判が刑の量定が著しく正義に反すると認めたときは原判決を破棄しなければならないと規定せる所以であると信ずる何卒同法第四百十三条但書を適用せられ原判決を破棄せられ更に第一審判決通りの寛大なる判決を賜はる様渇望する次第であります。

別紙

児童福祉法違反被告事件に対する控訴

広島高等裁判所昭和二九年(う)第六三四号昭和三〇年三月五日第二部判決

本籍 広島県安芸郡船越町引地千八百九十五番地

住居 神戸市兵庫区東山町三丁目三十二番地

人夫 栗原義美 大正三年三月四日生

本籍 広島市江波町百番地

住居 同市弥生町一の五番地

鮮魚商 貞森公夫 昭和二年三月二日生

本籍 広島市袋町六十三番地

住居 同市薬研堀甲の三番地

特殊下宿業 木谷康二 大正十五年五月十日生

本籍 広島県山県郡吉坂村字今吉田千九百八番地

住居 同県同郡戸河内町六百九十三番地の二

特殊下宿業 木村一夫 明治四十四年十一月二十日生

右の者等に対する児童福祉法違反被告事件につき昭和二十九年十月十二日広島家庭裁判所の言渡した判決に対し被告人木谷及検察官坂本杢次(被告人木村同栗原同貞森に関し)より控訴の申立があつたので

当裁判所は検察官栗本義親関与の上審理をし次のとおり判決する。

主文

被告人木谷の控訴を棄却する。

原判決中被告人栗原同貞森同木村に関する部分を破棄する。

被告人栗原を懲役二月に被告人貞森を懲役三月に被告人木村を懲役六月に処する。

原審における訴訟費用中証人○本○ツ○に支給した分(但しその二分の一)は被告人貞森の単独負担とし証人○藤○知○に支給した分(但し第一回分はその五分の三第二回分はその二分の一)及証人加藤英臣に支給した分(但その五分の三)は被告人木村同栗原の平等負担とし証人○藤○子、同小田アサノ、被告人木村の国選弁護人竹内虎治郎に支給した分は被告人木村の単独負担とし被告人栗原の国選弁護人竹内虎治郎に支給した分は被告人栗原の単独負担とし昭和二十九年九月三十日被告人木村同栗原の国選弁護人竹内虎治郎に支給した分は同被告人等の平等負担とし当審における訴訟費用は被告人栗原同木村の平等負担とする。

理由

被告人木谷の弁護人伊藤仁及検察官坂本杢次の控訴の趣意は記録編綴の各控訴趣意記載のとおりであるからここにこれを引用する。

被告人木谷の弁護人伊藤仁の控訴趣意中事実誤認の主張について弁護人は原判示第一の(一)につき被告人は判示○藤○知○が満十八歳に達しないことを確認しないで淫行せしめたにすぎない従つて被告人の判示所為は過失に基くものであるから罪とならないと主張するしかし十八歳に満たない児童をして淫行せしめた者はたとえ該児童が十八歳に満たないものであることを知らなくてもこれを知らなかつたことにつき何等過失のないものでない以上刑責を免れないこと児童福祉法第六十条の規定するところである而して被告人において判示○藤○知○が満十八歳に達していないことを知らなかつたこと及これを知らなかつたことにつき被告人に何等過失のなかつたことは到底これを認めることができず却つて原判決挙示の証拠によるときは被告人は○藤○知○が満十八歳に達しない児童であることを知つていて淫行せしめた事実を認めることができる本件記録を精査してもこの点につき事実誤認の迹は見出せない従つて被告人に刑責なしということはできない論旨は到底採用できない。

次に弁護人は判示第一の(二)(三)につき被告人は○岡○子、○本○ツ○両名に判示の如く淫行せしめたことはない即ち被告人は右両名を雇入れて間もなく旅行に出たから右両名が淫行をしたのは同人等が任意にしたもので被告人の知る限りではないと主張するしかし原判決挙示の証拠によるときは判示の如く右両名をして淫行せしめた事実を認めるに十分であり本件記録を精査してもこの点に関する事実誤認の迹は見出せない仮りに被告人が右両名を雇入れ後旅行に出ていたとするも被告人は特殊下宿業を営むものであり右両名をして淫行せしめるため雇入れたものであるから右両名が被告人方において多数の客を取り淫行をなした以上旅行中であつたから右両名の所為については自己の関知するところでないといつて刑責を免れることは到底許されない論旨は理由がない。

同控訴趣意中量刑不当の主張について

本件犯行の回数、態様その他記録にあらはれた諸般の情状を考慮するときは原審の被告人に対する量刑は相当であつて重いものとは認められない論旨は理由がない。

被告人栗原同貞森に対する検察官の控訴趣意(事実誤認の主張)について

原判決は被告人栗原同貞森に対する各公訴事実につき被告人栗原において犯行当時○藤○知○が十八歳に満たない児童であることを知つていたこと被告人貞森において○岡○子、○本○ツ○がいずれも十八歳に満たない児童であることを知つていたことを夫々認めるに足る証拠がないとして被告人栗原同貞森に対しいずれも無罪の言渡をしている。しかし本件記録を精査すると被告人栗原は原審公廷において公訴事実はその通り相違ないと述べており検察官に対する供述調書においても右○藤○知○が十八歳に満たない児童であることを知つていた趣旨の供述をしており被告人貞森も検察官に対する供述調書において右○岡○子、○本○ツ○の両名がいずれも十八歳に満たない児童であることを知つていた趣旨の供述をしているのであつてこれら各供述が信用できないものとは到底認められない而して右各供述に更に原審で取調べた証拠を併せ考慮するときは被告人栗原同貞森等が○藤○知○、○岡○子、○本○ツ○がいずれも十八歳に満たない児童であることを知つていた事実を認めるに十分である。従つて右の供述を措信せず他に右の事実を認めるに足る証拠なしとして被告人栗原同貞森に対し無罪の言渡をしたのは証拠の価値判断を誤り延いて事実を誤認したものであつて右の誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである論旨は理由があり原判決中被告人栗原同貞森に関する部分は破棄を免れない。

被告人木村に対する検察官の控訴趣意(量刑不当の主張)について

本件記録を精査し本件犯行の回数、態様その他記録にあらはれた諸般の情状を考慮するときは被告人に対しては実刑を以て臨むのが相当であつて原判決の判示する被告人に前科のない点被告人の本件犯行が家庭の破綻より生じた生活の危機を脱せんがためになされたものである点等を参酌しても被告人に対し刑の執行を猶予すべきものとは到底認められない従つて被告人に対し刑の執行を猶予した原判決は不当であるから原判決中被告人木村に関する部分は破棄を免れない論旨は理由がある。

よつて被告人木谷の控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条によりこれを棄却すべきものとし検察官の被告人栗原同貞森同木村に対する控訴は理由があるから同法第三百九十七条により原判決中同被告人等に関する部分を破棄し同法第四百条但書により同被告人等に対し直ちに判決する。

第一被告人栗原は昭和二十八年八月七日広島市薬研堀町甲の二特殊下宿業バンビ荘こと木谷康二方において同人が児童である○藤○知○(当時十七歳)に淫行をさせる虞のあることを知りながら同女を右木村に接客婦として引渡し

第二被告人貞森は同月二十三日頃前記木谷康二方において同人が児童である○岡○子(当時十五歳)及○本○ツ○(当時十六歳)に淫行させる虞のあることを知りながら同女等を右木谷に接客婦として引渡し

たものである。

右の事実中第一の事実は

一、木谷康二の検察官に対する供述調書

一、被告人栗原の検察官に対する供述調書

一、○藤○知○の検察官に対する供述調書

一、原審第一回公判調書中被告人栗原の供述記載

によりこれを認め第二の事実は

一、木谷康二の検察官に対する供述調書

一、被告人貞森の検察官に対する供述調書

一、原審一第二回公判調書中○本○ツ○の供述記載

一、○岡○子の司法巡査に対する供述調書謄本

によりこれを認める。

被告人木村の犯罪事実及これに対する証拠は原判決記載のとおりであるからここにこれを引用する(但し原判示中第二被告人木村一夫はとあるのを第三被告人木村一夫と訂正する)

法律に照らすに被告人栗原同貞森の判示所為は児童福祉法第六十条第二項第三十四条第一項第七号に該当し被告人貞森の所為は刑法第五十四条第一項前段にあたるから同法第十条を適用し重い○岡○子に対する罪の刑に従うべく所定刑中懲役刑を選択し所定刑期範囲内において被告人栗原を懲役二月に被告人貞森を懲役三月に処すべく被告人木村の判示第三の(一)(二)の所為は児童福祉法第六十条第一項第三十四条第一項第六号に該当するから所定刑中懲役刑を選択し以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により重い(二)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲において被告人木村を懲役六月に処すべきものとする尚刑事訴訟法第百八十一条により原審における訴訟費用中証人○本○ツ○(但しその二分の一)に支給した分は被告人貞森の単独負担とし証人○藤○子同小田アサノ、被告人木村の国選弁護人竹内虎治郎に支給した分は被告人木村の単独負担とし証人○藤○知○(但し第一回分はその五分の三、第二回分はその二分の一)同加藤英臣(但その五分の三)に支給した分は被告人木村同栗原の平等負担とし被告人栗原の国選弁護人竹内虎治郎に支給した分は被告人栗原の単独負担とし昭和二十九年九月三十日被告人木村同栗原の国選弁護人竹内虎治郎に支給した分は同被告人等の平等負担とし当審における訴訟費用は被告人木村同栗原の平等負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 尾坂貞治 裁判官 大賀遼作)

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